この家は、明治43年6月4日、鋼材卸商の隠居所として建てられました。 隠居所とはいえ、通りに面して「見世の間」と呼ばれる商用スペースを持つ、典型的な「表屋造り」です。通り庭に沿って玄関、台所、奥の間が縦一列に続き、奥には蔵があります。
「鰻の寝床」と称される京町家は、間口が狭く、縦にひょろ長いのが特徴です。いちいち靴を脱ぐことなく奥と表を自由に行き来できる「通り庭」は、人や荷物の出入りの多い商家にはなくてはならないものでした。表に面した部分は見世庭、その奥が玄関庭、台所に面した部分は走り庭と呼ばれ、それぞれしつらいを異にします。
「家の作りは夏をむねとすべし」の言葉通り、京の町家には、厳しい夏の暑さを和らげる智慧が詰まっています。 まず、通り庭は風が吹き抜ける通り道。庇を深く屋根を低くして日差しを避け、表を格子にするのも風の通りを良くする工夫です。六月ともなれば、襖や障子を取り払い、簾や簾戸に替え、畳には籐の網代を敷いて夏支度。通りや通り庭に打ち水をし、小さいながらも風流な前栽に目をやれば、木々の緑が目に涼しさを運びます。
「家の作りは夏をむねとすべし」の言葉通り、京の町家には、厳しい夏の暑さを和らげる智慧が詰まっています。
まず、通り庭は風が吹き抜ける通り道。庇を深く屋根を低くして日差しを避け、表を格子にするのも風の通りを良くする工夫です。六月ともなれば、襖や障子を取り払い、簾や簾戸に替え、畳には籐の網代を敷いて夏支度。通りや通り庭に打ち水をし、小さいながらも風流な前栽に目をやれば、木々の緑が目に涼しさを運びます。
町家の走り庭に井戸・水屋と一緒におくどさんがあります。その上には神棚があり三宝さん(布袋さん)が大きいものから小さいものまでずらりと祭られていて、それらは神聖な火の祭壇でもあるのです。 この京町家も愛宕さんの火伏せのお札を貼って 荒神松をお供えしていました。 当家のおくどさんは釜が四つ並んでいますが、一つの釜に対して焚き口が上下に二つあり、上口に焚き付け用の乾燥した薪やワラに鞴(ふいご・竹の筒で簡単な送風道具)を使って火を起こし、下口の鉄の蓋を開けて風を通し、炊き上がったら蓋を閉め、余熱を利用してご飯を美味しく蒸らしたのです。 消し炭は炭壺に入れて保存したり、七輪に移して魚を焼いたり・・・・ 今にもおかずのにおいがしてくるような温か味のあるおくどさんです。このおくどさんをいつも美しく黒光りにしておく事は、京都のお嫁さんの自慢でもあったのです。
夏には風鈴が躍り、冬には霜がキラキラと輝き・・・四季折々に表情を変える中庭は、見る人の心を和ませ癒す力を秘めているように思います。
中庭には祠や井戸、水琴窟などがあり、小さいながらも
また、昼夜とも表情をかえます。それは当四条京町家では、日が沈むと中庭をライトアップするからです。幻想的な夜の中庭は、まさに街の雑踏からタイムスリップしたかのよう。お仕事帰りに是非お立ち寄り下さいませ。